カンボジアの女の子に書道を売った話

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タイ、ベトナム・カンボジアの三ヶ国へ旅をし、最終地点シェムリアップ に滞在していた時の僕のお話。ベトナムで予想外の出費をしてしまい、ほぼ無一文で入国したカンボジア。その時の僕の話を話したいと思う。

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その時の自分

とにかく僕はカンボジアと相性が良くないと思ってしまうほど良いことが起きなかった。美味しいとは思えないクメール料理、アンコールワットでの熱中症、バーガーキングでの腹下し。そして、金銭面では残り3日という時に10ドルしかなくカードが使えない状況になってしまった。

その時日本に帰って対処しなきゃいけない問題もあったし、旅に飽きてる自分もいた。全てが闇雲にシェムリアップを過ごしていた。

唯一楽しかったのは、カンボジアの女の子に誘われるのを断り続けたパブストリートの夜だけ。(その女の子がどんな子かは読者自身で考えてほしい。)

救いは日本人宿

シェムリアップで選んだ宿は日本人宿だった。これが功を奏したのかもしれない。お金がなく遠くにもご飯にも行けない僕を気にかけてくれたのはやっぱり日本人。どんなにいろんなところで旅をしてても助け合うのは同胞の日本人なんだと思うと胸が温かくなる。(もちろん助けてくれる外国人だっている)

夜のパブストリートの奥で

今でも鮮明に覚えている。僕は書道を売っていた。人は極限になるとなんでもするんだと改めて振り返る。なぜ書道をやれたのかというと、世界一周中で台北でバスキングをしていた方が書道セットを貸してくれたのだ。結果的にいくら稼いだのかは覚えてないが、宿から空港までのトゥクトゥク代で使ったのを覚えている。書道を書いている最中、周りには書道を売る僕らを楽しげに眺めるカンボジアの女の子達がいた。

「お金を払え」と言うと「気持ち良くする」と言ってくれるのだが、後々、金も体も心もすっからかんになるのは分かってる。彼女たちも仕事をしているのだ。でも、そんなやりとりが楽しかった。あの短い時間は僕にとってカンボジアでのハイライトだった。

翌日、僕は最高の目覚めで起きた。前日の夜にチャーターしたはずのトゥクトゥクが来なかった。

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